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2026.03.13

「労働者保護」か「技術研鑽」か?~外食働き方改革のジレンマ~

竹田クニのインサイト

現下の労働時間規制における画一的な労働時間管理は、従業員の健康を守る一方、成長を渇望する職人の「腕を磨く機会」を奪い、日本の食文化の競争力低下を招く・・・という構造的なジレンマを外食産業に生んでいる。

議論の概況

2019年以降の働き方改革関連法案の施行(および2024年の時間外労働の上限規制の強化)により、飲食店は従業員の労働時間を厳格に管理する義務を負った。
これにより、営業終了後に厨房に残って魚の捌き方を練習したり、新しいソースの試作をしたりする行為が、「会社の指揮命令下にある労働(=残業代の対象)」とみなされる。

その結果、外食企業側はコンプライアンス遵守のために「時間になったら強制的に業務終了」を命じざるを得ず、料理人の修業期間が長期化したり、世界に通じるトップシェフが育ちにくくなるという懸念が噴出している。

外食業界からの提言

飲食店における調理業務は技術研鑽を必要とし、また料理の企画・試作においては高度な創造性を求められる業務であり、「裁量労働制」のうち「専門業務型」として認められるべき

※裁量労働制とは
実際の労働時間にかかわらず、労使で事前に定めた時間(みなし労働時間を働いたものとみなす制度。業務の進め方や時間配分を労働者の裁量に任せるため、成果重視の働き方(クリエイティブ職や専門職など)に適している。専門業務型と企画業務型に分類され、法律で定められている。

分かれる賛否

裁量労働制のメリットは、労働時間の枠にとらわれず、本人が望むだけ技術の習得やメニュー開発に没頭できる時間を確保できる点にあり、その点においては志高くスキルを磨きたい人に適した労働環境となる。また「素晴らしい料理=仕事、成果」を挙げている料理人が高い評価を得られるという意見もあります。
そして世界で高い評価を得ている日本のハイエンドな食文化を次世代へ継承し、産業競争力を維持・向上させるために必要だという意見も多い。

一方で法律家・労働問題有識者、労働組合などを中心に、反対意見も根強い。

<賛成意見> 主にトップシェフや飲食店オーナー

  • 「料理は労働ではなくクリエイティブな表現活動である」

    画一的な工場労働と同じ基準で時間を区切るのは、芸術や職人の世界にはそぐわない。

  • 「本人の『やりたい』権利を奪っている」

    成長速度には個人差があり、20代の体力と吸収力がある時期に圧倒的な量をこなしたいという個人の意思決定

    (キャリア形成の自由)が法律によって阻害されている。

  • 「海外との競争に負ける」

    ミシュランの星を獲得するような日本の高い外食クオリティを維持できず、国際的な食の競争力が低下する。

<反対意見>・・・主に労働法学者、労働組合、厚労省
下記の懸念点を上げ反対、保留とする意見も多い

  • 長時間労働の温床となる

    飲食店は営業時間は仕込み、開店準備、営業と概して長く、事実上の長時間労働やサービス残業が合法化されてしまうのではないか。

    過去に外食産業で過労死や精神疾患が多発した歴史を忘れてはならない。「情熱」や「やりがい」を搾取の理由にしてはならない。「健康と命を守ることが最優先である」

  • 「短時間で技術を磨く育成システムの確立が先」

    マニュアル化、動画研修、営業時間内でのテストキッチン導入など、短時間で効率的に技術を継承する仕組みマネジメントの工夫をすべき

  • 「労使間の力関係が対等ではない」

    チームで動く店舗運営において、一人の料理人が自由に時間を決めることは実務上不可能に近い。徒弟制度的な上下関係の厨房内で、「自発的な練習」という同調圧力が作用する

「技術を極めたい個人の情熱」と「労働者を搾取から守るルールの徹底」という、どちらも“正義“であるからこそ解決の難しい問題であるのです。
「現場・個人の視点」と「制度・社会」の視点でまとめると、両社はパラドクスにさえ見え、両立が困難であるとも思える。

ここで「第三の視点」が必要に思える。

「第三の視点」 テクノロジー、業界インフラ

テクノロジーはキッチンの世界でも進化が著しく、洗浄、加工、調理において劇的な省力化・省人化が進みつつある。
また、技術・知識習得のための動画やオンラインシステム、堀江貴文氏の発信が議論を呼んだ、体系的なアカデミーの設立など、技術研鑽、知識習得のための現代的な取り組みが寄与できることは大きいのではないか?

その際、その取り組みが「技術研鑽」なのか「仕込みの為の労働」なのかの明確化・明示が重要となる。勿論、「量をこなすことによって習得する」という性質のスキルもあり線引の難易度は高い。
しかしながら、充分な議論と労使が合意した上で「研鑽」と「労働」を定義し双方にテクノロジーを活用した新たな取り組みを進めていくことが必要だ。

そして「研鑽」=育成の仕組みについては、長時間現場を離れることが難しい飲食店特有の事情を考慮すべき。
例えば

  • 短時間で分割的に参加できる

  • 本人の意思による休暇等での履修、履修の為の特別休暇等の運用

  • 費用の会社負担

など、現場の事情に合わせて参加可能なやり方の工夫が必要だ。
その意味では、労働法学者、有識者ではなく、外食産業自らが考えることが重要。
労働時間対策だけに終わらない、顧客と従業員の体験価値が見えている者がクリエイティブとクオリティの高い新たな取り組みを創り出すことが必要だ。

【ホリエモン】今の時代に寿司屋で10年も修行するヤツは本当にバカです。

期待される“柔軟な制度と運用”=「第三の視点」

現在の日本政府が一貫して「持続的な賃上げ」と「労働環境のホワイト化」を経済政策の最重要課題に掲げていることから考えると、労働者保護の潮流が規制緩和に向かう可能性は低く、裁量労働制を外食産業に認めるハードルは非常に高いように思える。
議論が平行線ではなく、第三の視点による新たな選択肢を“創造“していくことが今こそ必要だ。
「道を究めんとする志」を業界を挙げて育む、現代流の仕組みと体制が今求められている。

竹田クニ

株式会社ケイノーツ

代表取締役

早稲田大学商学部卒業後、1988年株式会社リクルート入社。HR事業、旅行情報事業の営業部長、じゃらんリサーチセンターで地域活性事業のプロデューサー、経営企画部中長期戦略室などを経て2011年に飲食情報事業のシンクタンクHPGリサーチセンター(現・外食総研)の初代センター長に就任。計29年在籍の後、2016年に独立し(株)ケイノーツ設立。現在は外食マーケティングのスペシャリストとしてマーケティング、消費者の価値観変化、生産性向上などをテーマに記事執筆、講演活動、フードビジネス関連企業のアドバイザリー・顧問、食のビジネスマッチングなど活動中。

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