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2024.02.14

【酒井慎平】「本質」の伝え方。最近流行りの本質論の罠。誰かをマネしちゃダメよ。

酒井慎平の物申す!!

 こんにちは。第18回目のコラムとなりました。前回からコーナー名が「酒井慎平の物申す!」に変更になったため、ちょっとだけメッセージ性の強い内容に掲載してみたところ驚きのリアクションが多く寄せられました。

 今の私は、主に長野の生ハムメーカーとして活動している身で、前回のコラムを読んで普段とのギャップに戸惑った方も少なからずいるようです。私としてもいちメーカーのオーナーとして製品に込めた思いを届けるために、なるべく余計なノイズが起こらないようにしているのですが、前回のコラムのこういった反響にはちょっとだけ後悔しています。私が伝えたい価値の本質を霞めてしまったわけです。今回は真面目に書いていきたいと思います。

皆さんは、食を通して伝えたいことはありますか。

 私は、自分の生きる目的を明確にしてから、社会に対して伝えたいメッセージが絞れるようになり行動ひとつひとつがシンプルになりました。飲食店でもお客様に伝えたいメッセージが多ければ多いほど、却って混乱を生み受け取りにくくなってしまうものです。何事も目的を明確にすると余計なことをやらなくて済むようになります。

 何かを伝えるって難しいですよね。他人が他人である以上は、お互いの意思を正確に伝えることは非常に難しく、ましてやビジネスは価値創出しなければならず、正確に伝えたいことが伝わるためには緻密な計画が必要です。

 前回のコラムでは、飲食業界のトレンド論について考察しました。また過去のコラムで何度も書いているように、飲食業界は一過性のブームに流されるのではなく本質を探求する時代に入っていると述べてきました。こうした本質論は徐々に浸透しつつあるなかで、今回はもう一歩深く踏み込んで「本質」の伝え方について考察してきたいと思います。

皆さんは、本質とは何か理解していますか。

まずはこの場の「本質」の意味を共有していきます。

 現在の飲食業界内で使われる「本質」は、恐らく「奇をてらった」「奇抜な」業態やメニューに対する対義語の役割を担っていることが多いと思います。なぜなら、さまざまな飲食業界の本質を語る場で、必ず一昔前の目立ったり奇抜なモノを対象に話が展開しているからです。しかしながら、本来「本質」は、一昔前の流行りのアンチテーゼとして否定的に使われるのではなくもっとクリエイティブな議論にこそ相応しい言葉です。

「本質」とは、そのものとして欠くことができない最も大事な根本の性質・要素です。

 本来は誰もが備わっているものですが、自分たちの「本質」を理解しない限りは他人に理解してもらうことは到底できません。皆さんが「本質」を言語化して伝えることに苦戦しているのは、それぞれ個人や事業体ごとに実態が異なるからでしょう。

■トキ消費と本質論の罠

 一昔前に流行った「モノ消費」と「コト消費」という消費スタイルに対して、最近は「トキ消費」という概念が広がりを見せています。

 「モノ消費」とは、モノとは主にハードを示しており、家電品や車、衣類、アクセサリーなど形のある商品です。また「コト消費」は旅行やグルメ、習い事、趣味など体験することを指し、SNSで自分の体験を公開して閲覧者から「いいね」を得ることでの満足感は、「コト消費」に拍車をかけています。

 ところが、このような体験を共有するツールの発達と普及が、やがて他人の体験を疑似体験できることにつながり、他人の体験を疑似体験できた人は改めて自ら体験することへの積極性を失います。SNS疲れや、一部からのリア充アピールといわれる世間の流れは「コト消費」への意欲を失わせ、その結果、消費者が孤独で何かを体験する「コト消費」に対する欲求が薄れ始めます。

  「モノよりコト」を重視した消費スタイルを好む若者たちの消費欲を刺激するためには、商品のスペックや目新しさよりも、心に残る体験や人に自慢できる体験をしたいという欲求を刺激する必要が生じてきました。

 ところが個人的な体験がSNS上に氾濫するようになることで、あらゆる体験に既視感が生まれます。既視感が再現性の高い体験への欲求を薄めた結果、消費者は「今そこでしか体験できない」再現性の低い「トキ」の過ごし方を楽しむことに価値を見出すようになってきました。これが「トキ消費」です。

 飲食産業における「トキ消費」は、「今そこでしか体験できない」つまり奇をてらうことなくその時の特別な時間に本質的な価値があるいう理論が成り立つわけです。実際に、このトキ消費で一気に注目を集めた飲食店は数多くあります。しかしながら、この理論には大きな違和感を覚えます。

 私が考察するに、確かに時代は本質的な価値を求めるようになったかもしれませんが、本質を創造するためには時代の風潮に流されてはいけないという事ではないでしょうか。ただ全体の流れに乗るのでは自分の本質に到達することはできません。それよりも本来「本質」とは、常に自分たちの核心を見つめ続けることで生まれる価値ではないでしょうか。

■本質の伝え方。「共感価値」と「共鳴価値」について

 「本質」を見極めた上で、ではどのように他人に伝わればいいのでしょうか。私も言葉を通して伝える立場として考察してみます。

 他人の感情を理解・伝える上で「共感」と「共鳴」という2つの言葉があります。英語では、「共感」シンパシー(Sympathy)、「共鳴」エンパシー(Empathy)と訳すことができ、ビジネス用語としても様々な議論が行われてきたキーワードです。私は、この「共感」(sympathy)と「共鳴」(empathy)をしっかりと認識・理解することで「本質」を伝えるヒントが眠っていると考えます。

「シンパシー」と「エンパシー」は微妙な違いがあります。

シンパシー(Sympathy):
シンパシーは他人の苦しみや喜びに対して感じる共感や同情の感情を指します。つまり、他人の状況や感情に感動し、同情心を抱くことです。しかし、シンパシーは相手の感情を理解しているとは限りません。単に同情心を示すことができますが、感情を共有しているわけではありません。

エンパシー(Empathy):
エンパシーは他人の感情や状況に対して共感し、理解することを指します。エンパシーを持つ人は、相手の立場になり、その人の感情を自分のものとして感じることができます。エンパシーはより深い感情の理解と共有を含むため、相手の感情に対してより積極的かつ深い関与を示します。

 簡単に言えば、シンパシーは他人の感情に対して同情心を示すことであり、エンパシーは相手の感情を理解し共感することです。どちらも人間関係やコミュニケーションにおいて重要な要素であり、相手とのつながりを深めるのに役立ちます。

 「本質」の伝え方を考えるうえで、この「共感」(Sympathy)と「共鳴」(Empathy)を正しく認識する必要があり、それそれ異なる性質の伝え方を使いこなすことで、「本質」といっても大きく2種類の「共感価値」(Sympathy Value)と「共鳴価値」(Empathy Value)に分類することでできるようになります。

 しかし一見「共感価値」(sympathy Value)より、「共鳴価値」(empathy Value)の方がより本質的に映るかもしれませんが、そうとも限りません。

 例えばファーストフード店は、お店の感情に深く共感し理解する必要は無くて、それよりも早い・安い・美味いの三拍子を的確にこなす方がよっぽど本質的ですよね。ビアガーデンでも、夜空の下で生ビールを飲むあの体験が本質なはずです。

 その一方で、「共鳴価値」(empathy value)がより本質的な形態も存在します。例えば1人5万円のコースを提供するフレンチでは、より深い共鳴なくして感動はありません。高級寿司屋でも同様に単に美味しい!だけでは得られない、一貫一貫のこだわりや技術に共鳴し価値を生まれるのです。そもそも高級店で何十品にも分けてコース料理を提供するのは、1皿ごとに料理と深く共鳴してもらうための仕組みなのかもしれません。

 最近では、世界的なクラフトマンシップやガストロノミーの流れは、こうした「共鳴価値」(empathy value)の創造が加速している裏付けとなります。

 何度も言いますが、この「共鳴価値」(empathy value)の世界的な流れに乗るのか、それとも「共感価値」(sympathy value)を生み出すかは、それぞれ自分たちの「本質」を見極めたうえで決めることです。

 本質論は、一過性のブームではいけませんし、実体のない雲を掴むような議論であってもいけません。常に自分や自分が所属する組織体と向き合い続けることでようやく見えてくる最も大事な根本の性質・要素です。

 そして自分たちの「本質」も相手に伝わってようやく価値になります。本質論の「本質」。ぜひ今後を語り合うきっかけになれば幸いです。

酒井慎平

一般社団法人レストランテック協会

専務理事

20代で外食業界誌の編集長、外食産業記者会の代表幹事を務めた後に29歳で独立。長野県長野市で製造する長期熟成生ハム「掬月 Jamon KIKUZUKI」のブランドオーナー。外食業界に特化した広告代理業を軸に食の価値創造に取り組む。株式会社SATOKA 代表取締役。一般社団法人レストランテック協会 専務理事。NPO法人居酒屋甲子園 アドバイザー理事。一般社団法人これからの時代の飲食店マネジメント協会 プロコンサルタント。

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